Football × Journey = Pura Vida!

Pura Vida!とは中米コスタリカの挨拶でよく使われる「素晴らしい人生だよ!」の意味。

静かな一日。

 

太陽たっぷりな休みの日

午前中にいくつかの用事を済ませ

車で外出することに。

 

お昼ごはんをどこかで食べよう。

できれば、まだ行ったことのない場所で。

 

選んだところは

地元食材の直売所の隣りにある古い食堂でした。

 

 

 「 いらっしゃいませー!! 」

 

 

お店に入った瞬間

調理場の奥の方から聞こえてきた生きた言葉。

 

あんなに感情を込めた

「 いらっしゃいませ 」が言えるんだ。

 

誰でも知ってる言葉を

誰も聞いたことのない言葉のように

届けられる人って本物だと思う。

 

味わい深いあら炊きと

プリップリな刺身の定食、美味しかったなぁ。



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天気のいい休みの日は

昔からどこか遠くへ行きたくなるのですが

糸島に住むようになってからその気持ちは

ゼロではないけれど、確実に減ってはいて。

 

海はあるし、山もある

美味しいごはんもあるし、オモシロイお店もある。

そして、人間ってやっぱいいよね

と思わせてくれる人たちだっている。

 

なんて素晴らしいところに住んでるんだろうか。

 

結局この日も

思うがままに糸島の半島をドライブして

海の見えるところで本を読み

優しいマスターのいるカフェでブログを書き

最後は、お寺で隔月で開催されている

「 おとなの寺子屋 」というトークイベントと

糸島から出ることなく終わった静かな一日でした。

 

 

 「 その頃にその小説が書きたくて

   僕のからだは

   どうしようもなくむずむずしていた。

   からだが言葉を求めて

   からからに乾いていた。

   そこまでからだを “ 持っていく ” ことが

   いちばん大事なのだ。

   長い小説というのはそれくらい

   ぎりぎりに持っていかないと書けない 」

 

 

この日読んだ

20年くらい前の “ 村上春樹 ” の旅エッセイは

この日の気分になんだかピッタリ。

 

よし、明日も子供たちと、ボールと心を追おう。

 

糸島に住みはじめて、2年が経ちました。

 

 

 『 生活の中に個人的な

   “ 小確幸 ”(小さいけれども、確かな幸福)

   を見出すためには、多かれ少なかれ

   自己規制みたいなものが必要とされる。

   たとえば我慢して激しく運動した後に飲む

   きりきりしたビールみたいなもので

   “ うーん、そうだ、これだ ”

   と一人で目を閉じて

   思わずつぶやいてしまうような感興

   それがなんといっても

   “ 小確幸 ” の醍醐味である 』

             村上春樹( 小説家 )

 


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